最初で最後。憧れの先輩とのデート③

今は他の男性と結婚してます。けれど、20年程前憧れていた先輩との初めてのデート。それも隅田川の花火大会。先輩はこの花火大会のデートが終わったら彼は仕事の関係でドイツへ行ってしまう。忘れられない恋の思い出。
彼は時折うつむくような仕草をしながら、ときどき私の顔を見て、それでもゆっくりと前を向いて歩き続けました。何かを考えていたのでしょうか。そんな気がしていました。
公園に近づくにつれ、人混みの様子もかなり激しい感じになっていました。彼はお目当ての場所があるように、迷うことなく歩いていたのです。私が遅れそうになると彼は立ち止まって、私が来るのを待っていました。でもある瞬間に、彼は手を差し延べたのです。
「ここからははぐれるかもしれない。手をつなごう」
そう言って手を差し延べてくれたのですが、私はなぜか手を出せませんでした。自分でも理解できない感覚です。首を軽く振っている自分が信じられませんでした。彼は微笑んで、私を許してくれているようにも思えました。そして、彼を見失ってしまったのです。
私はどうしたらいいのか、わからなくなってしまいました。懸命に彼の浴衣姿を探し続けました。でもどこにも彼の姿はありません。途方に暮れ、悲しくなりました。初めての楽しいデートのはずなのに、どうして私は素直になれないんだろう。このまま彼とうまくいかなくなって、お別れすることになったらどうしよう。自分がたまらなく嫌になりました。
彼も私のことを必死に探してくれていたようです。ほどなく彼は、私を見つけ出してくれました。彼は泣きそうな私の肩を抱き寄せて、しっかりと手を握ってくれました。
「ゴメン、悪かった。僕が悪かったんだ、許してね」
悲愴な表情の彼の目にも、涙が浮かんでいました。私はただただ、彼に会えた安堵感に浸っていたのを覚えています。それからどのくらいの時間が経ったのか覚えていませんが、気がつけば彼と手をつなぎ、彼のお目当ての場所で打ち上がる花火を見つめていました。
彼はやがて私の肩を抱き、ぴったりと寄り添ってくれていました。その時の私は、手をつなぐことを拒んだ自分がもういないことを感じていました。不思議なことですが、彼の腕に身を委ねながら、それが私たちの自然な関係なんだと思えるようになっていたのです。
「なぁ、美佐江。僕は迷っていたんだ…」
彼は突然、口を開きました。その顔は、何かを思い詰めているかのようにも見えました。
「何? どうしたの?」
「いや、もう会えなくなってしまうかもしれない君に、これ以上想いを募らせていいのかどうか…。想いが強くなるほど、僕たちは悲しい思いをしなければならないよね…」
「えっ、どうして? 私は嬉しいよ…」
「僕たちは今こうして幸せだけど、幸せの分、悲しみも深くなると思うんだ。だから、幸せになってはいけないのかもしれない…」
彼は華やかに咲く花火をじっと見つめながら、つぶやくようにそう告げたのです。それは最初にして最後のデートにしようという、彼の決意のようにも聞こえました。私たちはしばらくの沈黙が続きましたが、その重い雰囲気をかき消すように彼は話し始めました。