最初で最後。憧れの先輩とのデート⑥

今は他の男性と結婚してます。けれど、20年程前憧れていた先輩との初めてのデート。それも隅田川の花火大会。先輩はこの花火大会のデートが終わったら彼は仕事の関係でドイツへ行ってしまう。忘れられない恋の思い出。
私はその後別の男性と結婚をし、2児をもつ母親となりました。その子たちも大きくなり、遊び盛りの年頃を迎えました。テレビでたまたま見ていた墨田川花火大会を見て、息子が突然「行ってみたい」と言うようになりました。夫も息子の言葉に、「テレビじゃわからないからなぁ」などと同調しています。そして結局、家族で見に行くことになりました。
夫は全く知識がないらしく、ネットでいろいろ調べ始めたので、銅像堀公園が穴場スポットであること、曳舟駅が最寄駅であることを伝えました。夫は驚いたように私を見て、
「何でお前が、そんなことを知ってるんだ?」
と尋ねました。私は普段から出かけるのが面倒な性格なので、行き方に詳しいことを不思議に思ったのかもしれません。昔友だちと一緒に行ったからと伝え、それ以上は何も聞かれませんでした。
曳舟駅はずいぶん変わってしまいましたが、人混みは相変わらずでした。夫はスマホで検索し、位置情報を確認して、私に聞くまでもなくリードをとって私たちを誘導してくれます。
「しばらく歩くことになるけど、いいな」
「うん」
子どもたちもワクワクして、早く花火を見たいと楽しみにしているようです。公園に近づくにつれて、人混みが激しくなりました。私は子どもたちの手を握って、
「手を離しちゃ、ダメよ。迷子になっちゃうからね」
と伝えました。子どもたちはギュッと、私の手を握りしめています。
公園に着き、私たちは運よく見晴らしのいい位置を確保することができました。夫は来るまでに、疲れてしまったようです。そして大きな音とともに、花火が空に咲き始めました。
私は花火を見上げながら、彼のことを考えていました。隅田川花火大会に二人で来たのが私たちの初めてのデートでしたが、彼は時折見せる笑顔の中にも何か寂しさを隠していました。それは私たちの束の間のデートであることを予感していたからに他なりません。
そして私は彼と花火を見ることを、心から喜びに感じていました。それは彼との思い出が、これからたくさんできることへの喜びでした。私はそれでもいいと思っていました。でも彼は違っていたのです。彼は私を本気で愛し、いつまでも一緒にいたいと思ってくれていたように思います。私たちは最初のデートから、異なる想いを抱いていたのですね。
寂しい思いを抱きながらも、彼は私のことを抱きしめてくれました。それがどんな思いであったのか、当時の、そして今の私にも推し量ることはできません。きっとその後のデートでも、彼は同じような思いを抱きながら、私を喜ばせてくれていたのだと思います。
華やかに咲く花火ですが、私はそんなことを思いながら頬を涙がつたうことを感じていました。決して夫や子どもたちには見せられない涙です。そしてこの涙は当時の、そして今の彼にも見せることはできません。花火が華やかであるほど、切ない思いに満たされます。
彼は今どこで、何をしているのでしょう。そんなことを考えていても、何にもならないことはわかっています。おそらく私は、彼との思い出を抱えたまま生きていくのでしょうね。それは決してつらいことではありません。私は彼との思い出が、きっとこれからの私を支えてくれるのだと思っています。いつどんな時でも、彼は私のそばにいてくれるのです。
花火が終わり、私たちは帰宅することになりました。子どもたちは大満足、夫も疲れてはいましたが、責任を果たせたような顔をしてスマホで駅までの道を検索し始めました。
「帰ろうな。今日は楽しかったか?」
「うん、また来たい」
「えぇっ、また?」
「パパはもう来たくないの?」
「そんなことはないさ。また来よう」
「うん」
帰宅の途上、私は現実の世界に帰るような感覚を感じていました。この家族と明日からも生きていく。そしてそれが私の幸せです。彼も私も、今は別の世界で暮らしています。そして今生きている場所でお互いにそれなりの幸せを見つけていくことが、幸せに生きていくこということなのです。私は愛おしい子どもたちを抱きしめて、頬ずりをしました。
あなたと一緒にいることはできませんが、どうか幸せに生きていってくださいね。私のことを思い出したならば、それは私と同じように、大切な思い出としてしまっておいてください。私はもう花火の終わった空を眺めながら、心の中の彼にそう呼びかけました。私の声は、必ずどこかで暮らしている彼の心に届いたことと信じています。
終わり