最初で最後。憧れの先輩とのデート⑤

今は他の男性と結婚してます。けれど、20年程前憧れていた先輩との初めてのデート。それも隅田川の花火大会。先輩はこの花火大会のデートが終わったら彼は仕事の関係でドイツへ行ってしまう。忘れられない恋の思い出。
悲しいのは私も同じ。彼もそれをわかっているはずです。だから間際の電話は、かけてほしくなかった。でも彼が電話してきた気持ちも、私には十分わかりました。
「元気でね。私もあなたとの日々は忘れない…」
その時ふと、買ったばかりの携帯があることに気がつきました。携帯を使いこなせていない私でしたが、もしかしたらメールで彼とこれからもつながれるかもと思ったのです。
「待って。今行く。出発まで、まだ時間があるわよね」
そう言うなり、私は着の身着のまま家を飛び出しました。今ならまだ間に合うかもしれない。
過ぎ去る時間を感じながら、彼とのこれからを勝手に思い込んだ自分を後悔しました。
空港に到着し、彼の出発ゲートを確認しながら、私は走りました。彼を遠目に確認した時に、とっさに私は持っていた携帯を掲げて、大きく振りました。私に気づいた時、彼は全てを察したかのように手帳に何かを書き記し、ページを破って私の所に走り寄ってきました。
「ありがとう…」
そう言い残し、彼は握っていた紙を私に渡すなり、足早に戻っていきました。彼の出発に、ギリギリ間に合ったのです。そして握らされた紙には、メールアドレスが記されていたのです。最後に握ってくれた私の手には、彼の温かい感触がいつまでも残っていました。
彼とはその後、無事にメールでつながることができたのです。彼はドイツで頑張っていることを、私のわからないことも含めて細かく教えてくれました。そして時間ができたらドイツに遊びに来てほしいというメッセージが、たびたび送られてくるようになりました。
「ドイツはやっぱり、ビールとソーセージがうまい。話には聞いていたけど、現地でそれを感じたよ。美佐江もぜひ遊びに来てほしい。いろいろな所を案内してあげるよ」
「そうね。私も時間とお金ができたら、あなたに会いに行く。楽しみにしてるね」
彼は今までサッカーについてほとんど関心がなかったはずなのに、メッセージにはなぜかサッカーの話題が多く送られてくるようになりました。サッカーが嫌いなわけではありませんでしたが、二人の話題としてあまり取り上げてきたものではありません。
私も彼からもメッセージがあるたびに近況を伝えていたのですが、いつの頃からか彼からのメールは少しずつ途絶えていきました。恋しくなり、私から重ねてメッセージを送るようなこともありました。でもきっと向こうの生活に追われ、日本のことも、私のことも、少しずつ忘れてきているのだろうことを、おぼろげながら感じ始めるようになりました。
私はお金を貯めて、ドイツに行く決心をしました。ドイツに行って、彼と会う。それがこれからの私と彼とをつなぐ唯一の方法だと思い始めるようになりました。
私の恋は、花火で終わってもよかったはずのものです。でもなぜかその時の私には、彼からのメッセージの途絶えることが何よりも苦痛に感じられたのです。
でも現実は、そう甘いものではありませんでした。連絡が来なくなってしまった以上、彼の居場所を知ることはできません。私の決心を伝えましたが、返事は帰ってきません。
そしてついに、メールもつながらなくなってしまいました。彼は一体どうしたというのでしょう? でもその現状を知る術を、当時の私は全くもち合わせていなかったのです。
私には結局、ドイツに行く術がありませんでした。それでも気持ちが強ければ、私はドイツに行っていたかもしれません。彼には心の変化があったのかもしれません。でももしかしたら私のことを心配し、余計な気を使わせまいと心遣いをしてくれたのかもしれません。
あの時私が強引にドイツへ行き、伝手を頼りに彼に会っていたならば、彼は私のことをどう対処してくれたのでしょう。今となれば、もうそんな話などはどうでもよくなってしまいました。それからしばらくの間も彼のことを考える日々は続きましたが、あれから20年、この話はもう昔の淡き恋のお話として、懐かしく思い出されるようになりました。