最初で最後。憧れの先輩とのデート④

今は他の男性と結婚してます。けれど、20年程前憧れていた先輩との初めてのデート。それも隅田川の花火大会。先輩はこの花火大会のデートが終わったら彼は仕事の関係でドイツへ行ってしまう。忘れられない恋の思い出。
「花火ってさ、こうして見ている時は華やかだけど、実はここに至るまで、花火師さんたちが手作業で時間をかけて花火玉を作っているから、こうして花火が見られるんだよね…」
何を言い出すのだろう、と思いました。そして何を言えばいいのか迷っていました。
「君とは高校時代に出会ったけど、僕は君のことを何も知らなかった。話したこともなかったし、こうして付き合うことも考えなかった。久しぶりに会って、僕は君が好きになった。でも僕は過去の君のことを無視して、付き合おうとしている。今まで君は、僕のことを想っていてくれた。そんな気持ちにも気づかず、今になって好きになろうとしている…」
「そうね」
「でもそれは、本当に君が好きだということではないと思うんだ。今こうして付き合っていれば、それでいいのかもしれない。でも君が僕にとって必要な人なら、以前から君の気持ちに気づいて受け入れるべきだったのかもしれない。そんなふうに感じててさ…」
意外な彼の言葉でした。私にはすぐに理解できない彼の言葉でしたが、少しずつその意味がわかってきたように思えました。私の今ではなく、昔からの私を好きになりたかったのだという彼の悔しさを伝えているのだと。そう思って、彼には私の想いを伝えました。
「花火師さんたちは、苦労を伝えようと思って花火を作っているわけじゃないよね。多くの人にきれいに見せたくて、そのためだけに手間をかけて作っているのよね」
彼は突然話し始めた私を、驚いたように見つめていました。
「花火がきれいなら、それでいいじゃない。あなたとの花火が、私にはとてもきれいなの。きれいな花火なら、私はそれでいい。あなたがきれいだと思ってくれたら…」
そう言うと、彼はしばらく私の目を見つめ、そのまま優しく抱きしめてくれました。私たちには、それで十分でした。隅田川の花火がきれいだったことは言うまでもありません。
3か月後、彼はドイツへと旅立っていきました。彼からは出発の日時を伝えてもらっていましたが、私は空港に行くつもりはありませんでした。彼の最後になるかもしれない姿を、見送りたくはなかったのです。私の3か月は、思い出でいっぱいだと思っていたのです。
出発当日になって、彼から電話がかかってきました。
「美佐江、今空港にいるよ」
「うん。でも、私行かない。サヨナラが言えなくて、ごめんね」
「そうか…、いいんだ。君との日々は、絶対に忘れない…」
しばらく沈黙が続きました。私は彼から電話を切ってくれることを願っていました。無言の状態は、しばらく続きました。そして彼のすすり泣くような声が聞こえてきました。
「泣いているの?」
彼は何も言いませんでした。何も言えなかったのかもしれません。