最初で最後。憧れの先輩とのデート②

今は他の男性と結婚してます。けれど、20年程前憧れていた先輩との初めてのデート。それも隅田川の花火大会。先輩はこの花火大会のデートが終わったら彼は仕事の関係でドイツへ行ってしまう。忘れられない恋の思い出。
「そうか、こんなかわいい娘が水泳部にいたんだ…。名前を教えてくれる?」
「内藤美佐江と言います。先輩、覚えてらっしゃらないのですか?」
すると先輩は少しひるんだ様子で、でもすぐ気を取り直したように話し始めました。
「ゴメンゴメン。水泳部って、部員多かったじゃない。でも君みたいなかわいい娘なら、覚えているはずなんだけどなぁ…。なぁ、松宮」
そう言って先輩は彼を振り向かせてくれたのです。もちろん先輩に、彼を私に引き合わせる気持ちなどなかったと思います。気まずい雰囲気になったので、横にいた彼に話しかけたのでしょう。でもそのおかげで、私は彼と初めて話せるようになったのです。先輩には感謝しましたが、結局先輩からも口説かれ、その後が大変なことになってしまいました。
奇跡的にも私と彼とはその後意気投合し、彼からデートの誘いを受けました。天にも昇る気持ちでしたが、彼がまもなく海外へ行ってしまうこともよくわかっていました。
彼とはいずれ、すぐお別れすることになるかもしれない。でも当時の私は彼と過ごす時間の得られたことが嬉しく、その先の心配なことなどは考えたくないと思っていました。
彼が日本を離れるまでの3か月間は、夢見心地に過ごした私にとってかけがえのない時間でした。彼との思い出で一番大切にしているのは、墨田川花火大会での初めてのデートの思い出です。ものすごい人混みでしたが、彼は私に本物の花火を見せてあげたいと連れていってくれたのです。私は浴衣を着て、待ち合わせの場所で彼が来るのを待っていました。
「やぁ、浴衣の美佐江もかわいいよ。待たせてゴメン。今日は浴衣でお揃いだね」
そう言って彼は現れました。人混みで会場近くの駅では待ち合わせにくいと、彼は私の最寄りの駅まで迎えに来てくれたのです。浴衣姿で電車に乗ることには少しばかり抵抗がありましたが、彼は車内で恥ずかしそうにしている私に向かって、さり気なく笑いました。
「お揃いの浴衣姿で、お似合いだね。周りはきっと、うらやましがってるよ」
気持ちが軽くなったばかりか、彼とデートしている私がきっと周りからうらやましがられているんだろうなと気づきました。彼と一緒なら、恥ずかしいことなんてない。そう強く思えたのです。私は彼と腕を組みたいと思いました。でもなかなか勇気がもてませんでした。電車の揺れを使って彼の腕をつかもうとしましたが、手を伸ばすことができません。
そんなことを考えているうちに、電車は曳舟駅(ひきふねえき) につきました。駅に降りた時からすでに人はいっぱい、浴衣姿の人も多く、みんな花火を見に来ていました。彼は銅像堀公園という公園まで歩いていくからと私に話しました。公園まではしばらく歩かなければなりません。
「美佐江、そろそろ暗くなるな。足元に気をつけて歩けよ」
そう言いながら、彼は私の歩くペースに合わせて歩いているように感じました。本当は彼と手をつないで歩きたかったのです。彼から手をつないでほしいと思っていたのです。